本学の教育は、「キリスト教をもって徳育の基本となす」として同志社を設立した新島 襄の理念にならい、その基礎をキリスト教においています。ここに連なる1人1人の学生生活のすべてが、意識するしないにかかわらず、キリスト教と関係してきます。
生きる方向性をどこに求めるべきなのか、何のために学ぶのか、自分はいったい何者なのか、自己の確立とはどういうことか等という、人生の根元に立ち入る問題に直面した時の一つの指針となるのが、本学における「宗教教育」のあり方です。それは安易な解答を性急に求めるのではなく、それを求める過程を重視するものです。
カリキュラムの中に開講されているキリスト教関連科目はもちろんのこと、次のようなキリスト教関連行事にも、学生の皆さんの自主的、積極的な参加を期待しています。

特にチャペルアワーは本学のキリスト教教育の基本です。Chapelとは普通、教会や学校、病院等の付属の礼拝堂を意味し、Churchと区別して用いられています。
また、キリスト教の礼拝は信仰告白を前提にしている(求道者の参加も歓迎されますが基本は信仰者の集まりです)のに対し、大学のチャペルアワーは信仰告白を前提としていません。学生全体に(私は宗教に興味がないという学生にも)参加を呼びかけ、キリスト教教育の一環として行われるものです。
チャペルアワーはキリスト教主義を掲げる本学では、非常に重要なものでこの時間が軽視もしくは無視されるなら、キリスト教主義は文字通り形骸化します。
それは学園生活の出発点であり、同時に終着点です。なぜなら、キリスト教の考え方によれば、神を受け入れ、生きた関係を保つこと、すなわち神を礼拝することが人間の存在の意義と価値を最終的に決定づけるからです。
キリスト教による人格教育の「心」は、毎週のチャペルアワーにおいて神によって養われていきます。この場において、欠け多く、愛の心の乏しいわたくしたちは、神の前に謙虚にひれ伏し、自らを正し、愛と慰めを受けて、真摯な人生を送ろうとする決意を新たにするチャンスを与えられます。